世間は再び田中角栄ブーム
田中眞紀子さんが「父と私」という本を出したという時は非常にビックリしました。私の勝手なイメージなのですがメディアの前でもあまり父・田中角栄さんの事を話したがる様子は無かったからです。今になって「なぜ再び田中角栄ブームが起こっているのか?」それは田中角栄さんが政治家体質、そして何よりも発言力と行動力があったからではないでしょうか。私も田中角栄さんに関する本を数冊か読みましたが、時代が田中角栄さんに合っていたのでしょうね。
今の政治家のように「これ良いんじゃない?良いよね。じゃ、やろうか」なんて雲の上でフワフアしたような発言ではなく「これをやる!俺について来い!」という人を引っ張り、そして魅了する力というのは政治家として、そして上に立つ者として必要なスキルを田中角栄さんは持っていたのではないでしょうか。
今回の1冊は田中眞紀子さんが父と過ごした47年間を本にしたというのは興味がありました。
- 第一章:マコちゃんー幼少期
- 第二章:お嬢さんー独身時代
- 第三章:奥さん:結婚後
- 第四章:先生・大臣ー衆議員院議員になって
- 第五章:眞紀子さんー議員バッチを外して以後
今回の「父と私」を読んだ感想を早速書いていきたいと思います。
本を読んだ後、様々な事を考えた
田中眞紀子は最後に以下の事を書いてあります。
物心ついた頃から、公人としての父の存在が持つ重圧感は相当なものであった。今、振り返っても、世間の目を気にして日々緊張して暮らしていたた。
やはり父の存在は大きかったのでしょうね。物心ついた頃には父の周りには政治家が集まり「政治家・田中角栄の娘」と見られるのは非常に辛かったでしょう。
やはり家族が著名人だと「周りが比べているのではないだろうか」という重圧を感じるのは仕方ない事だと思います。しかしながらも田中眞紀子さんの幼少期~独身時代の話を見ると面白いです。私はこの本を読んで「やはり田中眞紀子さんも政治家になるべくして生まれてきた人物なのかも知れない」と思った。
また田中眞紀子さんの結婚式のスピーチでは父と娘の家族愛を感じることが出来た。それは本当に田中角栄さんが田中眞紀子さんを愛していた。それは目にいれても痛くない程に。それが伝わってくる内容だったと思います。
この本の終わりに田中眞紀子さんは。
人は誰も人生は一度限り、その与えられた環境の中で善意をもって正直に生き抜かなければならない。他人も自分もお互いの命と尊厳を大切にして、感謝の心を忘れずに生きていかなければならない。
両親がかつて言っていたように、誰も人生は一度限りである。他人も自分もお互いの命と尊厳を大切にして、感謝の心を忘れずに生きていかなければならない。
これを読んだ後、私は考えました。世の中で様々な事を教え、学ぶ事が必要でしょうが何よりもこういった基本を教えるべきだと。そして教えてくれた両親の言葉を田中眞紀子さんは。
「今後もこの言葉が私にとって最高の指針であることに変わりはない」
という言葉に私は「素敵な両親だな」と思いました。世間から見る田中角栄さんと、娘から見た田中角栄さん。やはり娘からみた田中角栄さんは「威厳があり、恐くもあり。そして政治家としても素晴らしい父だが、愛情に溢れていた」という事なんでしょうね。これは良い1冊だと思います。
きっとこれが最初で最後の1冊ではないだろうか
田中眞紀子さんが出す「父についての本」というのはこれが最初で最後ではないでしょうか。その理由が冒頭で書かれています。
今や世の中はかつてないほどの田中角栄ブームであり全国の書店や棚には父に関する本や雑誌で溢れ、テレビ等のマスメディアでも関連事項が度々取り上げられている。そうしたなかには揣摩臆測や伝聞、自己宣伝目的と見受けられるものまである。父の喜び、プライドや悩みを間近で共有してきた私自身が両親に対する追慕の念、そして何より私を大切に慈して育ててくれたことに対する心からの感謝を込めて小書を出版する事にした。
この文章の前に「父との思い出や出来事は黄泉の国まで持っていこうと決めていた」と書いてある事から本来ならば書く予定ではなかったと解ります。
もし仮に書いているのであれば憶測などでコメントしている書籍に対して「それはちがう」ともっと早くこの本を書いていた事だと思います。再度、田中角栄さんブームになっていますが今回の「父と私」はまた違った田中角栄さんに関する書籍だといえますね。私はこの本を読んで「家族愛」を感じ良かったと思います。