2017年上半期芥川賞受賞作品
第157回芥川賞受賞作品作品である「影裏」。「かげうら」ではなく「えいり」と読みます。今回の芥川賞は実にシンプルと言っていいかも知れない。ただシンプルだからこそ読み応えがある作品に仕上がっているのではないでしょうか。
大きな崩壊を前に、目に映るものは何か。
北緯39度。会社の出向で移り住んだ岩手の地で、
ただひとり心を許したのが、同僚の日浅だった。
ともに釣りをした日々に募る追憶と寂しさ。
いつしか疎遠になった男のもう一つの顔に、
「あの日」以後、触れることになるのだが……。(Amazon引用)
登場人物はとても少ないです主人公である「わたし」。主人公の同僚であった「日浅」。主人公の元恋人である「副島」。主人公と同じ集合住宅に住んでいる「鈴村さん」。薬品倉庫で働いている「西山さん」。そして「日浅の父」。
「大きな崩壊を前に」というのが気になる所ですね。では、早速感想とレビューを書いていきたいと思います。
短いながらも日常的なストーリー
この小説は全94ページととても少ないです。上記でも「実にシンプル」と書きましたが、そのシンプルさの中に「日常」をしっかり感じることが出来る文章が筆者の学の深さを感じ取れるのではないでしょうか。
土手に抜き上げられた大きな魚体が重たげにそこら辺を跳ね回った。
これだけでも元気のいい魚が釣れたという事が解るのですが。
周辺の青草を自身の体の粘膜で汚すだけ汚してしまうと、バナナのように体を曲げて空中を飛んだ。5円硬貨そっくりの色味の鱗が 木洩れ日を浴び、川面で一瞬金色に光って頭から落ちた。
このように続くのですが、私は田舎育ちの為、小さい頃はよく近くの川に魚釣りに出かけたのですが、その風景を思い出すような文章でした。「釣り」をするという行為に対し様々な文章で書かれているのは、読んでいて風景を想像しやすいと思います。
またゴロワーズ・レジェールやマルボロといったタバコ。バーボンや岩手の地酒である「南部美人」や氷結など細かく書かれているのも興味が沸きました。こういった想像しやすい名前が書かれていると文章の風景が想像しやすいです。
後半は震災の話が少し登場する
例えば集合住宅の鈴村さんが郵便受けに1枚、1枚投じて回っているというシーンがある。その紙の内容は「元教え子のお嬢さんが書いた」という震災の夜の話が登場するが深くは描かれていていない。
筆者が岩手県盛岡市に住んでいる事から盛岡市の事が書かれているが。
岩手県といっても、ぐっと内陸部にあるので津波が来ない。
妹からも電話が来た。盛岡よりも都内のような何かと不便な状況らしい。コンビニやスーパーでは日用品が不足して困っているとひとしきり嘆いていた。
震災の話が登場するといっても生々しい描写ではないが、文章だけでも当時あった連日のニュースを思い出す。私も東京の友人に日用品を送った事を読んでいて思い出しました。
ラストは日浅の父が語る日浅の本性
パートの西山さんから「日浅さん死んじゃったかもしれない」という話から日浅の父と会う事になる。その時に父親と絶縁している事を知る事となる。
絶縁した理由としては東京で大学を4年間通っていたと思っていたのだが、卒業証書が偽造されていたものだと知ることになった。過去に偽造を手伝ったという人物から金銭を要求し払ったことも。日浅父が次のような事を語ります。
日浅は幼い頃から変わった少年で友人も1人だけをずっと付き合って登下校すると思ったらある日知らない事が玄関先で立っていて、またその1人とずっと登下校をする。そんな変わった子だと思っていた時にある日、黄色いアクリル製の巨大な茸のような遊具が公園にあって、ほとんど水兵に開ききっているその傘の上に少女が3人棒立ちになっていた。3人とも日浅少年よりも年上で傘の中心に背を向けて手を繋ぎ、少女たちはぼんやりと口を開いていた。日浅少年は一心不乱に何やら数を数えながら目を輝かせて彼女たちを下から見上げていた。それが悍ましかった。
その後に「捜索願は出さない」という答えとして「大学4年間の授業料や仕送りをした。これはもう横領罪ですよ」という父親の言葉が書かれている。また息子の印象として父親は。
破壊された家屋や店舗から盗みをする輩もいると聞きます。あなたはどうも息子のことを買いかぶっておられますが、本来あれはそうした組の人間ですよ
そこで会話が終わる事となる。
ラストの父親とのやり取りについて
このラストに関しては何回読んでも「これが答えだろう」と確信は持てませんが、少なくとも父親は日浅少年の事を幼少時代から好きではなかったのでしょう。それが大学に行っていたという嘘を付いていたというのが許せなかったのでしょう。
主人公が「絶縁するほどのことでしょうかね」と怒りながら聞く描写がありますが、過去の積み重ねがあり、それがトドメになってしまったのではないでしょうか。幼少期から大学時代までの描写が無いので、何とも言えませんが謎を残すのが純文学というのであれば有りかも知れませんが、読んでいる側がモヤモヤが取れないままになるでしょう。
作品を全体的にみると川の流れのように、ゆっくりとした文章
今回の影裏は本全体で見ると王道ともいえる純文学小説と言えるのですが、後半は特殊とも言えますね。特に主人公と日浅父とのやり取りはミステリーとも取れます。
上記でも書きましたが釣りや風景の描写などは読んでいて、とても「学」のある文章の書き方だと思います。この点に関していえば芥川賞受賞作品というのも非常に納得とも言えますね。これにて「影裏」の感想・レビューを終わりたいと思います。