当時小学校低学年だった私は体が太っていて、アトピー持ちという事でよく虐められていた。それですぐ泣いていたのですが段々とイジメが減っていき同学年の子と遊ぶようになったのは小学校3年生の頃からだったと思う。
しかし私の小学校というのは1年、2年とクラス替えは無いのですが3年生になるとクラス替えがあります。当然最初はイジメがあるのですが、その頃になると私も反撃をするという事を覚え、体が大きかった私は当然同学年の子より力が強くイジメもすぐ無くなりました。
確か夏休み前だったと思うのですが当時担任だった先生が産休により急遽臨時の先生が担任になったのですが当時の私が「あの先生を絶対に許さない」と思った始まりだったのです。
それは「違和感」から始まった
学校というのはヤンチャで誰か1人はガラスを割ってしまう人がいる。例えば教室の中でボール遊びをすれば危ないという事は当たり前なのに皆が揃ってボール遊びをしてしまい結果ガラスが割れてしまたっというのは少なくないと思う。そんなある日、昼休みが終わって外から帰ってくるとガラスが割れている時があった。
「あ~また誰かが割ったのか」と思っていたのですが先生が「ダンボーくん、少し来なさい」と言われ先生に付いて行くと何とガラスを割った犯人にされたのだ。当然一緒に外に遊びに行った友人もいるのですが小学3年生ですと「先生、ダンボーくんは犯人ではありません」と言う子がいる訳もなく「君でしょ?」と言われ当時ひどく傷ついた覚えがある。
今覚えばそれが始まりだったのが、その他の印象が薄くてあまり覚えていないのが悔しい。今の時代なら確実にアウトなのに、当時はまだそれが許されていた。
こいつ絶対に許さないと思った最大の理由
その日を境に私は先生に反抗をした。テストでは名前だけ書き提出し、先生の話は聞かないを繰り返し、先生も負けじと私の家に何度も通い親に「どういう事だろうか?」と言いにきたのである。しかし子供の出来る事というのは限界がある。先生の方が圧倒的に強いのだ。その事を身にしみて解ったのは給食の時である。
給食のスープというのは置く場所を間違えれば少しの事で床にこぼれてしまう。そんな当たり前の事なのですが子供の時というのはよくこぼしてしまうものです。
そんな私もその日はスープを床にこぼしてしまった。忘れもしない「野菜スープ」です。そしてその時、私は「この先生を許さない」と思った発言がある。
勿体無いから雑巾で拭いて絞って飲みなさい
これほど先生を憎んだ事があるだろうか。
そんな言葉を心に思いながら先生がいない隙に私は家に帰った。何があったのかと聞かれも話す気が無かったので、早い反抗期だと思われたかも知れない。
しかしそんな当時の私にとって最高の出来事が訪れます。
産休の先生が帰ってくる
自分が請け負ったクラスなので、このクラスが終わった後再び育児休暇を取るという事で少しの間ですが先生が帰ってきた。本当に気分が晴れた思いだった。
今だから言える事がある
当時はそれしか思わなかったが、大人になって「あんな事されたなぁ~。」と思い出す程度ですが小学校にいる間はフラッシュバックしてイライラしていた覚えがあります。まともな学生生活を送ったとは言えませんが、少なからず反抗的な道に進んだのは、その先生に原因が少なからずあるでしょう。
今では笑い話に出来るので、今ではネタを提供してくれて良かったとは思いますけどね(笑)そういった事はポジティブに考えるようにしています。
夜中にお酒飲みながらフッと思い出したので書いてみた。