戦争がもたらした悲劇を描く作品
1972年に公開された映画「あゝ声なき友」という作品。古い作品ではありますが、今の時代だからこそ観てほしい作品だと思うので今回紹介したいと思う。今作は反戦映画となっていて私も初めて観た時は「戦争の残酷さ」というのを感じた。反戦映画の名作と言えば洋画だと「ひまわり」など、邦画では「この世界の片隅に」や「日本のいちばん長い日」などが有名ですが今作もそんな名作に入るような内容となっています。
1972年当時の映画館というのは映画不調期で映画館が減り、入場者も大きく削れ映画界としては絶不調とも言える年でもあります。ただそんな年ですが後半になると映画「ゴッドファーザー」や「女囚701号/さそり」などが好調で盛り返す事になるのですが、この「あゝ声なき友」は名作という興行収入とはいかず。主役である渥美清と言えば皆が知っている「男はつらいよ」シリーズで有名でこの作品を映像化したい為に渥美清はプロダクションを作成し主演で制作する事となります。
ストーリーは「戦友の遺書を運ぶ」男の話

主人公の西山民次は病気で入院している間に終戦を迎え、自分が所属していた部隊は全滅。12名の遺書を持ち帰り、故郷である場所は原爆によって家族も死亡していた事を知る事となる。家族も失い職もない西山は担ぎ屋として生計と立てる事となる。
この時代の担ぎ屋というのは個人が農家などに「米売ってくれ」と行っても相手されない訳です。そこで顔なじみが個人の規模で米や野菜を買い、それを知人・闇市で売る仕事をしていた訳です。このお仕事は元軍人が多い訳ですが、理由は1つあり軍隊のリュックには比較的沢山ものが入る事から、この仕事をしていた人が多いそう。
しかしデメリットが多く現行犯逮捕されれば物資の没収は勿論、懲役であったり危険な仕事であった事と言われています。
さて西山はこの仕事をする訳ですが稼ぎもあり、自分の休みたい時に休める。という魅力を感じた訳です。路銀を稼ぎ、そして遺書を届ける。そういった生活を約10年続け遺書を届け続ける西山なのですが今作の見所は「遺書一つ一つに物語がある」。これを是非観てほしいです。
ある人は東京大空襲で心を病み遺書を渡しても反応せず。また一人は引き取られた先で虐待を受けその一家を惨殺して死刑になっていたり。新聞では戦争が終わった。と書かれていたが残った負の遺産は大きく「何も終わってないじゃないか」というセリフは胸を打たれる気持ちになる。
そして最後、死んだと思っていた兵士が生きていてお酒を飲み言葉を交えるシーンがある。仲間は全員死んだよという言葉を遺書を届けていると知ると「遺書なんか焼いてしまえ!」と怒鳴るシーン。西山は自分がなぜ10年にも渡って遺書を渡し続けたのがここで自分の想いが何だったのか初めて知ることとなる。それはまさに「怒り」だった。戦争で亡くなった戦友たちが戦争復興の中で忘れ去られていく事に対する「怒り」。自分の感情を知った西山はソっとお店を出て行く事となる。
間違いなく名作な映画だが当時のイメージではなかった

今観れば名作な映画だと感じる一つなのですが当時は「男はつらいよ」のイメージだった渥美清が反戦映画でユニークなキャラじゃない、真面目な役というのが興行収入に響いたのではないでしょうか。渥美清自身も東京大空襲で自宅を失い、担ぎ屋やテキ屋の手伝いもしていたそうで、この西山というキャラクターに想う気持ちがあったのかも知れません。
久しぶりの映画紹介でしたがいかがだったでしょうか?今作はHuluやU-NEXTなどで視聴する事が出来ます。気になった方は是非視聴してみて下さいね!